文学の授業

オンライン形式で一応双方性を確保するみたいな名目で毎回授業のリアクションを書かせられるうえに、大学のLMS上に感想を書くシステムなので他の人が何を書いているかがわかるのだが、みんなたくさんの決意してて笑う。バカにしてるわけじゃなくて驚いた。うちの大学の近辺には決意で文章を締める宗教でもあるのか?

で、文学の授業。「物語を深く読んでみたいです」、とか「これからは大人の読み方をしたいです」とか、「楽しい、面白い以外の読み方をしてみたいです」とか言ってる人ばかりでビビった。作品を楽しむって、そういう行為を楽しむことじゃないの?いや、作品の楽しみ方なんて人それぞれだろうけど、自分は強くそう思ってる。作品の構造とか登場人物の深い心理とか、アニメだったら背景とかアニメーションとかの構造。文章だったら、地の文を深く考えたり。そういうのを現実の世界とか自分と対比させたり、比べたりして考えたりするのが物語を楽しむってことなのに、そんなことしたことなくて、これからは頑張りますみたいなアホみたいな決意してる人しかいないの悲しい。
ここまですごい偉そうに言って、じゃあお前できてるのかって言うと、まぁ批評家というかネットのブログでガチで長文書いてたりする人には敵わないけど、でもそういう行為を楽しんではいる。
自分の文章力のなさと見識の低さゆえの見逃しとかに、嫌になることは多いけど……

あと個人的に気に食わなかったのは最終レポートの書き方について。おそらく学生のレベルを考慮して+新入生だからっていうことだろうが、「物語の考察をするのに自分の言葉を使わずに、ネットを駆使してこれだと思った言説を拾って繋ぎ合わせろ」、「それに自分の言葉で脚色しろと」とかいう書き方を勧めてきたのがやるせなかった。右も左も分からない新入生の作品考察なんて読めたものじゃないだろうし、文学部がうちの大学に存在しないしから、所詮作品の考察ができるようにというより、そういう楽しみを紹介するレベルだったといえばそれまでだが、なんか違くない?って感じた。

個人的には作品の考察は自分で確固たるものが言語化できるまで、他の人の言説を絶対に読みたくないと思ってる。前にも書いたが、他の人の考えに影響されてしまって自分が本当にどう感じていたかがブレるのが嫌だ。