『幼年期の終わり』読もうとした 

 根本的に深層的に俺は愛国主義国粋主義者なのだろうな。でも絶対に反差別でありたいし「ネトウヨ」みたいにはなりたくない。おそらく根本に西欧諸国への劣等感からくるコンプレックスがある。中3あたりからだったと思う。中高一貫だったので、中3から世界史と政治経済を履修させられたのだが、それらの科目は俺の中の国粋主義的考えと劣等感を生み出した気がする。とにかく俺はポリコレ(ポリコレという表現が正しいのか自信がない、おそらく不要な誤解を生み出すだけな気もする)に毒されていない小説が読めなくなってしまった。昔の作品、特に海外のものはもう数年前みたく純粋には読めないかもしれない。つまらない考えが俺を殺している気がするけど、別に不幸だとは思わない。

 

 

 ところで『幼年期の終わり』は最初の数ページで読むのをやまてしまった。別にこの作品は反ポリコレでもなんでもないし、序盤でグダグダ語ったこととはおそらく何も関係ない。うまく言えないけど、当時のあの欧米中心主義、まぁ当時はそれが当たり前だったので主義とは言わずに当然の空気だろうけど、それを少しでも嗅ぎとってしまうと萎えてしまう。でも俺が嗅ぎ取ったそういう雰囲気的なものは国外の作品が大なり小なり内包しているので結局は自分の意識の問題な部分は大きい気はする。ただ俺が言いたいのは昔の作品になるにつれてその傾向が強いということ。


やっぱり国内作品のほうがいいのかなぁ。